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小説はこう書くのか

1. はじめに

 圧倒的なパワーを感じる本に出会いました。

 読むのにも大変苦労しました。

 ブログにするまでも相当の時間がかかりました。

 ストーリーに着目するより、どんどん引用したほうが紹介の意図が伝わりそうなのでそのようにします。

 

 

 

2.あらすじ 

 11歳で傑作小説を残し逝った天才。

 その生涯を同じく11歳の友人が伝記として残す。

 これが簡単なあらすじである。

 背表紙のあらすじを読み、

 「なかなか斬新な展開を考えついたものだ。終末が気になるな。」

と思ったが、読み終えたら全く違った感想を持つことになった。

 

 

3.私見

 書きたくてたまらないことがある。

 長い間この気持ちを募らせに募らせ、爆発してしまいそうだ。

 なぜ書けない、なぜ書けない。苦しむ。

 

 こう考えてみたらどうだろう?

 書きたいことを書きやすい展開は果たして何だろう?

 

その後にたどり着いたのが、このストーリーだったのではないか。

ストーリーが決まり、書きたいことをどんどん文中に落としていった。

このような感想を持った。

作者は長い間、描写たちを大切に集めていたのではないかとも思える。

多彩な種類の描写が実によくできている。

 

 

4.描写の引用

a.幼少期の強い印象 

僕らは覚悟を決め、炎のように焼けつく長い砂漠を一気に駆け抜けた。ひりひりと焼けた白い砂の波が足の上に襲いかかり、足の裏よりも、むしろ皮膚の薄い足の甲の方が熱かった。

 

最初の波が腹を濡らすと、腕に鳥肌が立ち、サメの背ビレでも見たように全身の筋肉が硬直する。これ以上進むことは、もはや水の中で呼吸するのと同じくらい非現実的なことに思えてくる。頭のどこかでは、体の下のほうはもう水に漬かっているのだし、冷たい水だって結構気持ちいいじゃないかという声がするのだが、体のほうでは、それがとうてい信じることのできない詭弁としか思えない。

 

b.作品中で見せる鋭い回想

僕は一度たりともローズ・ドーンに好意を抱いたことはない。しかしだからといって彼女の肖像に実際以上に暗い影をつけ加えたのでは・・・信憑性を傷つけることになる。ローズ・ドーンは、いつもいつも僕らを悩ませていたわけではなかった。・・・ぼんやりともの思いの淵に沈み、深い白日夢の底で異形の神々と交信している時もあった。そんな時の彼女は穏やかで、愛くるしくさえあった。無邪気、純真と言ってもよかった。

 

権威に対して白昼堂々と反逆することができなかった。できなかった、というのは正しい表現ではないかもしれない。・・・反抗しようという気がこれっぽっちのなかったのだ。・・・自分の意思にかかわらず大人たちの命令には服従しなければならないという事実を、たとえば痩せているという事実と同様、仕方ないこととして受け入れていた。それに痩せているというのがそう悪いことばかりではないように、服従することにもそれなりの利点があった(時には夢のような完璧な自由に憧れもしたが)。しかし、自由は服従をすることで初めて得られるのだ。アーノルド・ハセルストームは、自分の意思に染まぬ命令には従わなかったために、常に大人たちと衝突していた。僕は彼ほど束縛の多い人生を送った者を他に知らない。彼は絶えず放課後に居残りいさせられ、校長室に送られ、権利を奪われ、そうでない時も猜疑心の強い大人たちに、よってたかって監視され、批判され、叱責され、迫害されていた。それにひきかえエドウィンは言いつけに素直に従うことによって、かなりのことを彼自身の裁量に任されていた。その意味では、エドウィンの服従は必ずしも純粋とは言い切れず、むしろ限りなく不服従に近かった。なぜなら、不服従の目指すところは自由だが、エドウィンの服従の目指すところも同じように自由だったからだ。

 

エドウィンの壮年期に入るにつれ、カレンの顔に暗く、悲しげで深刻な表情が増えてくるのに気がついた。エドウィンが彼女にした数々の辛い仕打ちの、動かぬ証拠がそこにあった。服は気になってカレンを見たが、彼女は何も気づかないのか、無邪気に笑いながら写真を見ていた。僕は兄たちに見捨てられたこの世の妹たちの哀れさを思い、悲しみに胸を詰まらせた。

 

c.場面描写

ローズ・ドーンの死は彼を悲しみのどん底に突き落としたというのに、季節はまるでちぐはぐな服を組み合わせるように、まったく彼の気持ちを反映していなかった。

 

エドウィンのバットのことなど聞いたこともないような顔で平然とサイコロを振っているアーノルド・ハセルストームと向かい合うエドウィンの中に、怒りがふつふつと煮えたぎっているのを、あたかも窓を締め切った部屋の中でも外が暗くなるのがわかるように、感じとることができた。 

 

年が改まり、木の陰やポーチに最後まで残っていた雪も溶けてしまう頃には、彼はふたたび自分の表面から、奥深い隠れ家へ沈んでしまったのだった。

 

エドウィンは突然僕のほうを向き、むき出しの真剣さでこう言った。「ジェフリー、人が自分の死ぬ時を知っていたらって考えたことあるかい」その時彼の口に、真っ赤なラディッシュがいっぱいに詰まっていたことを、僕はことさら鮮明に覚えている。

 

d.天候描写

美しく晴れ上がった夏の朝だった。空はイースターの卵のブルーの染料に何時間も漬けこまれ、庭の芝生はグリーンのセロハン紙の色で輝いていた。

 

八月の、よく晴れた昼下がりのことだった。芝生は青すぎるほど青く屋根は赤すぎるほど赤く、窓と窓の間で規則的な線を繰り返す白い壁板はまぶしい輝きを放ち、それは白く不透明な表面が光を反射しているというより、ちょうどマルハウス氏がガラスに嵌め込んで白熱電球の前にかざすカラースライドの中の明るい被写体のように、色に染まった透明な物質が内側から何らかの光で照らされているように見えた。  

 

ブルーの色がすっかり干上がった西の空は、不自然なほど白く明るく輝いていた。 

 

その年もまた、雨が冬を洗い流した。空気そのものがほころぶように暖かな風が吹き、遠い海の香りを運んできた。カエデの木々はふたたび赤黒い花をつけた。

 

黄色い原っぱの上の空は青く、もはや青という言葉が当てはまらないくらいに青かった。・・・空は、果てしなく重なる青い透明なガラスでできているように見えた いやむしろ、硬質であると同時に形のない、大きなひとかたまりの青い透明な物質でできているように思えた。なぜなら、それはこの地面を圧迫し、草の葉を押しつぶし、僕の体を仰向けに押しつぶしながら、いっぽうでは僕の心を上へ上へと果てしなく誘い、くらくらするような明るい青に向かって、形のない不吉な青に向かって、らせん形に吸い上げられていくように感じられたからだ。そう、青空は不吉だ。誰しも一度は、空虚であるがゆえに心安く、絶望のようにいっそすがすがしい夜空の黒よりも、昼の青空のほうがずっと恐ろしい何かをその裏に隠しているにちがいないと感じたことがあるはずだ。

 

e.人物描写

彼女はちょうど、水が一滴落ちて乾いたあとの、かすかにでこぼこになった紙のような感じだった。

 

彼女の目標は、黒板消しのように目立たず役に立つ存在になることだった。

 

f.メッセージ性を感じる文章

読者よ!本とはなんだろう?それは頭蓋を内側からじりじりと圧迫して、ここから出せと叫ぶ力だ。作家にとっては拷問にも等しい苦しみだが、とりわけ執筆に行き詰まった作家は悲劇である。なぜなら、その内なる圧力は出口を求めて、どこか別の、より暗い部分へ向かうからだ。じっさい僕はこの世のすべての殺人者と犯罪者は苦しみあぐねた作家であり、言葉では書きようのない彼らの本を血で綴っているだけなのではないかと考えることがあるのだ。 

 

神よ、小説家を憐れみたまえ。小説家は全知全能の崖の高みに立ちながら、ありとあらゆる工夫を凝らしてプロットという名の奔流に大切な情報のかけらを一つ一つ落としこまなければならない。そうやって流れに落とされたかけらは、急流に飲まれてアイスキャンディーの棒のようにひらひら舞っていく。一秒も、いや一秒の十分の一もタイミングを逸してはならない。でないと、多忙でこらえ性のない読者たちはあくびをして彼の本を脇に押しやり、手近な新聞を手にとって、コーンフレークの箱の説明書きと変わりばえのしない貧相なコラムを読み始めるのだから。

 

 

5.おわりに

私の見解は決して的外れなものではないと信じている。

理由は前記の引用文。

もう一点は処女作であるということから。

 

書きたいことがある。

この思いを残したい。

あとは言葉にするだけだ。

この段階まできている熱心な読者にとっては、非常に思い出深い小説になることだろう。

筆を持つきっかけになる読者もいるのではないだろうか。

 

作中で主人公が逝く直前。

11歳の主人公と母親の会話は意図的に取り上げない。

 作品のエンディングも期待を裏切らないので、ぜひ読んでみてほしい。